証拠隠しをした事件として「財田川事件」というのがある。それは香川県三豊郡財田町で一人暮らしのヤミ米ブローカーが全身を刃物で刺され殺害された事件である。有名な事件であるのでご存知の方も多いであろう。死刑判決を言い渡した裁判官が被告人を犯人であると断定した根拠というのは、犯人しか知りえない秘密の暴露があったからである。すなわち、被告人は取り調べ段階で、突き刺した刃物を一度途中まで抜きかけてもう一度刺したと供述していた。それは被害者の死体解剖の鑑定結果が出る前の供述であった。その鑑定結果によると傷の刺入口は一つであるが、体内でV字になっている傷があった事実が明らかとなった。裁判官はそれが決め手で犯人と特定したのだ。
ところが、再審請求の審理の段階になって被告人が自白する前の捜査記録に刑事の一人が被害者の傷に指を突っ込んで体内でV字になっている傷があるとの記載があることが判明したのである。すなわち、すでに捜査する側にはV字の傷があると知った上で、被告人に対し何度も気絶するほどの拷問が加えられ前記の自白が得られたのであった。
結局再審で無罪となったが、一審において当初から捜査記録を公判に提出していれば捜査側は被告人の自白以前にV字の傷があったことを知っていた事実が判明しており秘密の暴露とはいえないのだ。それ故、裁判官は判断を誤ることもなかったのだ。
捜査側は、被告人にとって極めて重要な捜査記録を隠したのだ。死刑が執行されていれば、誰が責任をとるのであろうか。
検事は公益の代表者である。刑事裁判はゲームではないのである。あくまで何が事実なのか、あらゆる角度から追い求めることが使命なのだ。事実追求に傷害となる被告人に有利な証拠を隠すことがあっては決してならないのである。